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一条流の戦い:番外編 武志のいちばん長い日 後編

 知香は少し苛立っていた。
 自分が指示を出し始めてから数時間たつが、一向に状況に変化が無い。
 相変わらず頼子の所在は不明だし、手がかりは何も無い。
 考えられる全ての記録を当たっているが不審なものは何も無い。
 頼子の自宅の警備記録、過去一ヵ月の接触人物、過去一ヵ月のホストへのアクセスログ、全隊員の過去二十四時間の行動記録……。
 頼子の上司である局長には報告済みで、一時間に一回定時連絡を入れている。そして、局長経由で米中露の大使館及び関係者への監視をしてもらっているが不審な動きは無い。
 これは密室殺人ならぬ密室誘拐だ。
 頼子が自宅寝室へ入る所までは当番の警備担当者によって確認されている。
 警備システムも正常動作している。翌朝警備員が寝室へ入るまで人の出入りは記録されていない。
 どこかで何かを見落としている。もう一度初めから確認しよう。
「部長の最後の映像を出して」
「はい」
 オペレータが操作をすると頼子が自宅へ入る場面が再生された。
 何かおかしいところは無いか。
 知香は昨日何度か頼子に会っている。その時と比べて何か違いは無いか。
「もう一度」
 再び同じ映像が繰り返される。わずか十秒足らずの短い画像だ。
 昨日の事を思い出す。
 普段と変わらない普通の一日だった。大きな問題も無く一日が過ぎた。昼間は少し暑かった。けれど夜には急に寒くなった。
 寒い…………。スカーフ!
 頼子は急に寒くなった時は首にスカーフを巻くことが多い。
「もう一度出して」
 画面の中の頼子はスカーフをしていない。スカーフを持っていなかった? あの頼子が物事を忘れるということがあるのか。気になり始めると止まらなくなった。
「自宅の映像はどのくらい保存してあるの」
「約十三か月分です」
「そう。じゃあ、帰宅時の頼子部長が映ってる全部の映像とさっきの映像を比べてみて。注意する点は服装。特にスカーフに気を付けて」
「はい」
 オペレータがすぐに作業に取り掛かる。
 その時、別のオペレータから声が掛った。
「課長、よろしいですか」
「何?」
「ホストコンピュータへ正体不明のアクセスがあります」
「どういうこと?」
 (何かが動き出した)
 知香は体温が一気に上昇するのを感じた。
「それが不思議なんですが、ホスト上で走らせてる監視プログラムには異常が無いんです。なのにサーバーセグメントに設置してる監視サーバーに良く分からないアクセスが記録されています」
「それで」
「全セグメントの全パケットを調べて見たところ、一台のパソコンがサーバとの通信を行っているのを発見しました」
「結論を言って」
 コンピュータの専門家ではない知香には話がよく見えない。
「ホストのセキュリティプログラムが何者かに書き換えられていて、秘密裏にホストと通信しています。現時点でも誰かがサーバへアクセスしています」
「そんなこと可能なの」
「はい。考えられる可能性は二つ。一つは私達よりレベルが上の技術者が何らかの新しいハッキング方法を発見した。もう一つは……、サーバ導入時点からコードが書き換えられていた」
 知香の頭の中にパズルのピースが浮かび上がり、少しずつ組み合わされていく。
「こっちが気づいた事を、向こうは気付いたの?」
「おそらくまだ気付かれていないはずです。ただ、どこまで侵略されているのか分からないのではっきりしません。監視サーバやこのパソコンまでやられていたらアウトです」
「あなたはどう思うの」
「勘では大丈夫です。しかし確信はありません」
「いいわ。すぐに調べられないことを今悩んでも仕方が無い。それは手分けして対応策を考えて。それよりどこのパソコンか分かったの」
「分かりません。未登録のMACアドレスです。末端のルータはMACアドレスでアクセス制限をかけているので、ホストのLANボードかサーバーセグメントのルータへ直接ケーブルを繋げていると思われます。ルータが乗っ取られていなければですが……」
 一度侵入を許してしまうと、どこまで侵されているのか分からなくなり、全てが疑わしく思えてくる。
 分からない事を悩んでも仕方が無い。今はスピードを優先すべき時だ。知香は即決した。
「警備班と施設班で手が空いているチームに全員集合をかけて。連絡はPCを使わないこと。それと施設班に館内配線図を持ってこさせて」
 知香の指示が飛んだ。
 部屋の中が一気に慌しくなった。メールが使えないので、数人が内線電話で連絡を取っている。
 知香は一秒でも時間が惜しいのか壁の一点を見つめて仁王立ちだ。
「課長、見てください」
 先ほどから頼子の自宅映像を調べていたオペレータが知香へ声を掛けた。
「どうしたの」
 知香がすぐに意識を元に戻す。
「この映像です」
 画面に、先ほど何度も見た頼子の映像が表示された。
「これはさっき見たやつじゃない」
 知香の声に叱責の色が混ざる。
「違うんです。これは去年の映像なんです」
「えっ」
 オペレータがウインドウを二つ開き、映像を二つ同時に再生した。
「片方が去年の六月のもの、片方が昨夜のものです」
 二つの映像はどう見ても同じ物だった。
 知香の頭の中でピースがぴったりはまった。
「昨日の夜の部長担当警備はどこ?」
「待機させて監視を付けてます」
「それでいいわ。そのまま軟禁して。それと、もう一つ調べて」
 知香が映像の事を調べたオペレータへ言った。
「はい、何でしょうか」
「昨日の夜、部長がここを出るときの映像も調べてみて。多分、同じものが見つかると思うから。結果が分かったら、すぐに教えて」
「了解です」
 オペレータがすぐに作業が取り掛かった。
 既に部屋の中は警備と施設の人間が十人近く集まっていた。
「それじゃあ、今からこの事件の犯人をあぶりだしに行くわよ」
 知香の声は少しだけ楽しそうだった。

(本当にごめんなさい)
 香露は自分を信じている人を裏切ることに心を痛めていた。
 しかし、これこそが香露の本当の任務だった。
 四年前のシンガポール作戦。あれは二段構えの作戦だった。
 日本代表団をコントロールできればそれで良し。もし失敗して捕まった場合は日本の組織へ潜り込み二重スパイとして活動することになっていた。
 その際の第一目標は武志の篭絡。武志の行動を中国側に有利な方へ誘導するか、骨抜きにして戦力をそぐ。
 日本の男で脅威なのは武志一人である。トップレベルの女一人を切り捨てることで、それを無力化できれば安いものである。中国側に女はまだ他にもいる。
 そして、日本の組織の情報を収集し一番効果的なときに情報を中国側へ流す。それまでは、何年でもひたすら従順に日本側へ従う。
 それが香露の与えられた命令だった。。
 祖国には両親、兄弟、親戚一同が居る。祖国の命令に逆らうことはできない。香露は何年も機会をうかがっていた。
 そして今が四年間で最大のチャンスだ。これほど部隊が混乱するのは初めてだ。
 香露は外部へ連絡することに決心した。
 真理を先に失神させ、武志には秘密の技を使った。秘中の秘、奥義中の奥義の技だ。武志相手に一度も使ったことが無い。祖国でもこの技が使えるのは数人しか居ない。日本人でこの技を受けたのは武志が初めてだろう。
 この時の為に最後まで取っておいたのだ。
 それは相手からエネルギーを吸い取る技だ。これを掛けられた男は気力体力を奪われ、天国に居るような快感の中、段々意識を失い、やがて眠ってしまう。
 さすがの武志も初めてこの技を掛けられ眠ってしまった。油断していた面もあったのだろう。次にまた上手くいくかは分からないが、とりあえずは十分。
 ここまでは上手くいった。後は外部へ連絡したら終わりだ。
 この部屋の監視カメラの場所は調べてある。カメラに背を向け何をしているか分からないようにした。
 カバンの中から化粧品や筆記用具を幾つもを取り出した。その中には電気部品が隠してあった。
 香露は四年をかけて部品を集めていた。通販は自由にできたので電気製品を取り寄せては、中から発信機用の部品を取り出した。
 諜報部員の基本教育として電気・電子の基礎知識は学んである。無線機ではなくてモールス信号の発信機能だけなら、簡単な回路で出来る。
 自分には中国側の二十四時間監視が付いているはずだ。発信さえすれば受信してくれるはず。あとは祈るだけだ。
 早くしないと武志と真理の目が覚めてしまう。残された時間は少ない。
 香露は急ぎながらも確実に部品を組み立てた。さすがに緊張している。敵の真っ只中での一人での行動は初めての経験だ。
 ゆっくり大きく呼吸して自分を落ち着かせようとするが、心臓の鼓動は一向に治まらない。
 四年間のぬるい生活で腕が鈍ったか。香露が心の中で苦笑した。
 その時、ベッドで何かが動く気配がした。
「ダメだ」
 小さいがはっきりした声が聞こえた。
 香露は心臓が止まるかというほど驚いた。驚きのあまり体が硬直する。
 どうする。何と言ってごまかす。香露の頭が最高速で回転する。
 この状況をごまかすのは難しい。かといって何も反応しないわけにもいかない。
 香露はゆっくり振り返った。そこには口の端に血を滲ませ、自分の方を見ている武志が居た。

 武志は意識を失う寸前で自分の唇の一部を噛み切っていた。
 その痛みでようやく意識を繋ぎとめておくことができた。
 そして、香露の不審な行動を見て、今回の事件の裏を直感的に理解した。
 これは罠だ。頼子が仕掛けた罠に間違いない。
 武志は何かモヤモヤしていた理由が分かった。頼子が誰かに拉致されるわけが無い。それが頭の片隅で引っかかっていたからだった。
 これは内部スパイをあぶりだすための罠だ。
 頼子のことだから最初から香露がスパイだという可能性を考えていたはずだ。
 証拠を掴んで香露を追い詰めるのか、それとも偽情報を流して逆に利用するつもりなのだ。
 それに香露以外にも裏切り者が居るかもしれない。反頼子の隊員も居るだろう。そんなのを一網打尽にするのだろう。
 香露を同じ目に会わせるわけにはいかない。どこにも行かせない。
 武志は最後の力を振り絞って真理を起した。
「真理さん、起きて。起きて、ください」
 気力、体力の限界で、声を掛け手を伸ばすので精一杯だ。
「ん……、んぅー……」
 武志が真理の体を揺さぶると、少しだけまぶたが開いた。
「ごめん、代わりに寝かせて……。香露さんの相手をお願い……。もう、限界、寝ます……」
 武志は真理が目をこするのを見届けると、まぶたを閉じた。それ以上起きているのは無理だった。
(これで、少しだけ、頼子さんの、鼻を、明かせた、かな……)
 武志の意識はあっという間に暗闇へ吸い込まれていった。

 マシンルームでは知香達が機械の裏側でコードと格闘していた。
「やっぱりルータに繋がってるケーブルが配線図より一本多いです。回線を抜きましょうか」
「いや、それだと向こうに気付かれる。パソコンまでケーブルを辿れる?」
「時間が掛かります。この先はPF管の中を通っていて人間は通れません。管の両端で一本ずつ確認するしか手がありません」
「PF管の配管は分かる?」
「それは配管図を見れば分かります」
「よし、施設班と警備班でペアを組んで、このケーブルの行き先を調べて。どの部屋か分かったらすぐに私へ連絡。私が行くまで部屋の中へ踏み込まないこと。分かった?」
「了解」
 部下達が声を揃えて返事をした。

 一時間が過ぎた頃、知香は詳しい報告を受けていた。
「図面に無い部屋です」
 報告する隊員も訳が分からないという顔をしている。
「ケーブルは食堂の調理室と倉庫の間へ伸びています。しかし、その部屋が図面に無いんです。しかも入口が見つかりません」
「どういうこと?」
「倉庫と調理室が実際は図面より少し小さく作られていて、そのスペースに別の部屋があるようなんです」
「部屋の下はどうなってるの?」
「地下駐車場です」
「そういうことか……」
 図面に無いということは建設当時に作られた秘密の部屋だ。
 十年以上この建物を使っているが、そんな部屋が在ることを知香は今まで知らなかった。
 あの人は本当に底知れない人だ。知香は感心するというか少しあきれてしまった。
「その部屋の周りに人を配置して、残りは地下駐車場へ移動。以降衝撃弾の発砲を許可します。各自の判断で発砲して良し」
(もうすぐ。この茶番も終わる)
 知香はふっと鼻で笑い、地下への道を急いだ。

 隠し部屋の真下、駐車場の壁には巧妙にドアが隠されていた。壁のパネル一枚が丸ごと動くようになっていて、ドアがあるという事を知った上で探さないと普通は見つからない。
 そのパネルに最近動かした跡がかすかに残っていた。
「突入用意」
 知香の命令と同時に、警備班の数名が銃をドアへ向けた。
 そして残りの全員が身構えた時、部屋の中から声が響いた。
「待ちなさい。全員そのまま待機」
 皆が聞き慣れた声だった。
 ドアがゆっくりと開き、声の主と続けて一人の男性が出てきた。
「部長……と、室長」
 その男を見て、知香があっけに取られた声を出した。
(室長までかかわっていたの――)
 その男は頼子部長の上司の局長の、さらに上の内閣安全保障別室の室長だった。
 日本版CIAである非公開政府組織の長、すなわち内閣直属諜報組織の責任者だ。知香も数えるほどしか会ったことが無い。
 今回の事がそんなに大掛かりなことだとは考えていなかった。
 他の隊員達も頼子の顔を見て、概要がなんとなく分かったようだ。
「室長が新体制の視察をしたいとおっしゃられたので、実戦形式の訓練をしてみました。だます形になって悪かったわね」
 頼子が一切悪びれる様子もなく、当然のことのように話す。
「でも意外と早く見つけたのね。もう少し時間が掛かるかと思ってました」
「消え方が綺麗過ぎましたね」
 知香はいち早く平常心を取り戻し、皮肉を込めて答えた。
「ヒントをあげすぎだったかしら。でもそうしないと、いつまでたっても見付けられないでしょ」
 確かにその通りだ。頼子なら完璧に痕跡を隠すことだってできただろう。
「こんな部屋他にも有るんですか」
「さあ、どうかしら」
 絶対にまだ在るに違いない。まだまだ後進に道を譲る気は無いらしい。恐ろしい人だと知香は思った。
 でも、及第点をもらえたようだ。室長は満足気な顔をしている。頼子の顔はいつもと変わらないが、この人は何があっても顔色を変えないだろうから顔色を読むだけ無駄だ。
 知香は部下達の方へ振り返った。
「状況終了。全員今回の行動記録提出後、通常体制に戻って。ここに居ない人にも連絡して」
 知香の指示が駐車場へ響いた。

<終り>

<作者より>
 タイトルは次の二つの本(映画)から取っています。
  The Longest Day (1959) 邦題:史上最大の作戦
  日本のいちばん長い日 (1965)
 本は未読で映画しか見ていないのですが、両方ともなかなか面白いです(でもとても長いです)。興味が湧いた方はぜひご覧になってください。
 この作品は一条流の戦い本編と学園編を繋ぐものという位置づけです。
 元々2009年9月、二十万アクセスの記念に書き始めました。しかし、急にアクセス数が増え始めたため、間に合わないまま宙に浮いていました。
 今回年が明けたのを機会に仕上げてみました。
 エロは少ないし展開やオチがベタですが、お楽しみいただけたなら幸いです。

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