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一条流の戦い:第65章

 武志は今回のインドネシア行きではエコノミークラスに乗っていた。予算が足りないのでビジネスクラスには乗れなかったのだ。今度の出張は時間も長くないし、時差も二時間しか無いなので、それほど辛くは無い。直行便で乗り換えが無いのが不幸中の幸いだ。
 知香や真理とは現地集合になっているので、武志は一人で飛行機に乗っていた。同じ飛行機かもしれないと空港で探してみたが見つけられなかった。別の飛行機会社を使ったのだろう。
 飛行機の中で武志は頭を切り替えるために、英語の本を読み、英語のテレビを見て過ごす。インドネシア語は簡単なあいさつとありがとうの言葉だけ覚えた。
 約八時間のフライトの後、飛行機はインドネシアへ何事も無く到着した。
 真冬の日本から来たのだから当然だが、ジャカルタは暑かった。武志は重ね着していた上着をどんどん脱いでいった。事前に下には半そでのシャツを着ていたので、上着を脱ぐだけで上は夏用のスタイルになれた。ただズボンは人前で着替えるわけにはいかないのでホテルへ着くまで我慢する。
 リムジンバスでジャカルタ市内まで入り、そこからタクシーでホテルへ向かう。今まで三回仕事で海外で行ったが、一人で行動することはあまりなかった。現地の人に混ざってバスに乗っていると、任務を忘れて本当に観光で来ている感じがしてくる。武志は束の間の一人旅気分を味わった。
 短い一人旅も終わり、ホテルへ着き、知香の携帯へ電話を掛ける。すると知香がすぐにロビーまで迎えに来てくれた。
 武志達は、日本側一行と同じホテル内に在る貸し別荘に泊まる。知香、真理、武志の三人は原稿執筆に来た小説家と、その付き人という設定になっている。一日中部屋に籠もるので、それらしい理由が必要だ。
 貸し別荘は平屋建てで三つのベッドルームにリビング、ダイニングキッチンが在る。三人がそれぞれの寝室を使い、日中はリビングで過ごすことになる。内装は南国らしい雰囲気でエアコン他設備は充実している。
 食料等必要な物は真理によって買い込まれていた。頭の良い真理は中国語のほかに簡単なインドネシア語も覚え、買い物くらいはできるようになっていた。これで、チェックアウトまで一週間、一切外に出ないで済む。
 真理の作った簡単な夕食の後、武志達は一人ずつ、散歩の振りをしてホテル内を歩き、建物の位置関係を頭へ入れる。これをやっておかないと、いざという時に、迷っては元も子もない。
 この時点で日本側の護衛も既に、このホテルへ到着し、部屋内の捜索や侵入口、脱出口の確認をしているはずだ。日本側要員にも知られないように、武志達は早々に部屋へ戻った。
 これで、全ての準備が終わった。これから長い一週間が始まる。
 初日の夜は特にやることも無い。旅の疲れも有り、武志は一番に寝室へ引き上げ、すぐに眠りについた。

 インドネシア二日目、朝から一歩も外に出ないで部屋に籠もっている武志は一日もたたないうちに飽きてしまった。
 体を動かすことが好きな武志は一日中部屋に居ることがあまり好きではない。それに、この一年は勉強や卒論作成で嫌というほど机に向かっていたので、余計にじっとしているのが辛く感じる。
 暇つぶしの為に何冊か本を持ってきているが、すぐに飽きてしまう。
 高級なホテルなのでテレビは衛星放送が映るようになっているが、さすがに日本語の放送は無い。仕方なく英語の番組を見るが、言葉を聞き取るのが精一杯で中身を楽しめない。
 知香や真理は黙々と本を読んでいて、あまり武志の相手をしてくれない。楽しみといえば食事だけだが、真理が作るので現地料理ではない。それに、買い物に出掛けないので、どうしても食材が限られてしまう。冷凍食品が主になる。ただ、真理はアメリカ暮らしが長いので、日本風のアメリカ料理なのは目先が変わって、わずかに異国の雰囲気があった。
 仕方が無いので、武志は腕立て伏せとかをして体を動かし、疲れたら本を読む、飽きたらテレビを見るを繰り返す。あまりにせわしないので、見兼ねた知香が携帯ゲームを貸してくれた。普段ゲームをしない武志にはとても面白く、熱中して遊んだ。
 武志が暇つぶしに苦労している間に、日本代表団がホテルに到着していた。一応東京経由で武志達にも連絡は来たが、特にやる事は無い。
 そして二日目の夜がやってきた。今夜からは武志達も二十四時間体勢に入る。武志達の役割からすれば、むしろ夜のほうが出番が来る可能性が高い。
 深夜の当番は午前零時から七時半までの七時間半を二時間半ずつ三回に区切って、一人ずつ努めることにする。毎日早寝早起きの習慣がついている武志は朝五時からの番にしてもらった。当番は知香、真理、武志の順番である。
 いつもの習慣で既に眠い武志は、十時にはベッドに入り、一人眠りに着いた。ただ、知香の指示でいつでも外に出られるように、服は着たままだ。

 武志は夜中、誰かに激しく揺さぶられ目が覚めた。
「起きてください。緊急事態です」
 隣のリビングから明るい光が差し込み、真理が自分を揺すっている。
 武志は数秒間、今の自分の状況が分からなかったが、すぐに出張中であることを思い出し、跳ね起きた。
 リビングへ駆け込むと、知香がヘッドセットを着けて誰かと話しながら、装備を身に付けている。
 武志が時計を見ると午前二時すぎだ。
 真理が武志の分の装備も持ってくる。防弾防刃ジャケットに各種装備が詰め込まれたものだ。小口径ピストルやナイフなら防ぐことができる。
 真理と武志も急いでジャケットを着て、ヘッドセットを着ける。二人の準備が終わるか終わらないかの内に知香が声を掛ける。
「行くわよ」
 知香は武志に非常用装備が入ったバッグを投げると、ドアの外へ駆け出した。
 続けて真理が走り出し、バッグを持った武志が一歩遅れて走り出す。
 知香は年齢に見合わずというか、見かけ通りというか脚が早かった。荷物を持った武志は追いつくのがやっとだ。
 まさか、こんなことが起こるとは思ってもいなかった。もし何か有るとしたら、会議が始まってからだろうと漠然と考えていた武志は、さっぱり現実感が湧かない。むりやりドラマにでも出演させられているような感じだ。
 知香が走りながら状況を説明する。
「約十分前に警護の全員からキープ・アライブの信号が途絶えたの。それ以降、誰も応答がありません。敵は武器の所持またはガス使用の恐れがあります。十分気を付けて」
「了解」
 武志と真理が声を合わせる。
 警備の当番は全員、キープ・アライブ装置を持つことになっていた。これはボタンを押し続けている間中、つねに正常信号を発信する。そして五秒以上ボタンから指を離すと、異常信号を発信する仕組みになっている。警備当番が二名居るはずだが、二名共ボタンを押せない状況、すなわち、団員全員が危機に陥っている可能性が高い。
 緊急事態対応の訓練を受けていない武志は何が何だか分からないまま、知香に付いていく。
 その時、頼子の声が割って入った。
「在ジャカルタ総領事館も連絡が付きません。外務省経由でインドネシア警察へ連絡しているところです。現在アメリカ大使館へも緊急援助要請をしています。あなた達以外で連絡が付いている要員はいません。慎重かつ迅速に行動してください」
「了解」
 知香が代表して答える。
 無線機は携帯電話に接続して使う特注品で、双方向通話ができる。これで一人が喋ると、東京の頼子、武志、知香、真理の全員がそれを聞くことができる。
「フロントに寄ってから、代表団の部屋へ向かうわよ」
 知香は先頭を走りながらフロントへと駆けつけた。
「今居る一番偉い人を呼んで。急いで」
 知香がパスポートと身分証明書を見せながら、英語で怒鳴る。
 知香の必死の形相に、フロントの人間は慌てて奥へ向かった。少しして、やや年配の人間が連れられて来た。
「日本外務省一行から連絡が途絶えました。テロかもしれません。至急警察へ連絡してください。それとホテルを封鎖して。それと、マスターキーを持ってきて」
 フロントは騒然と成った。警察へ連絡する者。警備員を呼ぶ者。マスターキーを取りに行く者。しかし、一流ホテルの人間だけあって、慌てながらも分担して的確に行動している。
 知香は責任者の手を引くと、団長の部屋へ走った。武志と真理も付いていく。後から警備員らしき男も付いてくる。
 日本側一行が泊まっているフロアの廊下に着くと、団長の部屋の前に一人の男が倒れているのが見える。警護担当者の一人だ。
 倒れている男を見て、急に武志は実感が湧きあがってきた。これは訓練でも、ドッキリでもない。現在進行形の現実なのだと思い知らされる。武志はここまで落ち着いていたのに、急にドキドキしてくるのを感じた。
「団長部屋前で警備担当一名発見。生死不明。ガスチェック」
 知香が足を止め、後ろへどなる。東京へ状況を説明しながらの真理への指示だ。
 真理が武志の持っているバッグを引ったくり、中から機械を取り出し操作する。
「未知のガス確認。低濃度です。効果不明」
 真理が調査結果を答える。
「武志はホテルマンとここで待機、真理はガスマスクを装着して付いてきて」
 知香と真理は急いでマスクを着ける。そして知香はホテルマンからマスターキーを奪うと団長の部屋へ急いだ。
 知香がドアのキーを解除する。
 知香が一気にドアを開けるが、ドアガードが掛かっていて、途中までしか開かない。中を覗くと、電気は消され、真っ暗で何も見えない。
「団長部屋、ドアガードのため侵入できません。室内は真っ暗。状況不明」
 知香が報告する。
「まだ生きています。救急車を呼んで」
 倒れていた男の首筋に手を当てた真理が叫んだ。
 真理はマスクをしているので、ホテルの人間には声が届かない。ヘッドセットを通じて、籠もった声が武志には聞こえた。
 武志は変わりに英語で叫んだ。
「救急車。急いで」
 警備員が近くの館内電話へ走る。
「ガス、状況変わらず。種類未知、低濃度、効果不明。サンプル採取します」
 真理がビニール袋みたいな物を取り出し、中へ空気を入れる。
「隣の部屋へ」
 知香は隣の部屋へ向かう。隣の部屋は団長秘書が使っている。二つの部屋は続き部屋で中のドアで繋がっている。続き部屋の片方を団長が使い、もう片方を秘書が使っている。
 知香は鍵を外し、ドアを開けた。こちらの部屋はドアガードが掛かっておらず、ドアが開いた。
「団長秘書の部屋へ侵入します」
 先に知香が、続けて真理が中へ入る。
 二人の姿が部屋の中へ消え、武志は物凄い不安に駆られる。
「秘書発見。生存確認。意識不明。他には誰も居ません」
 真理の声がヘッドセットから聞こえ安心する。
「武志。すぐ来て」
 知香に呼ばれ、武志はバッグを掴むと、全力で走った。
 部屋の中は照明がつき、男性が一名倒れていた。おそらく、団長の秘書だ。
 知香は既にマスクを外していた。部屋の空気を入れ替えるためか、窓が開けられている。
 知香が一つのドアを指差して武志へ言った。
「武志っ」
 武志がドアを開こうとすると鍵が掛かっていて開かない。武志は助走をつけて、ドアに体当たりする。一度では開かなかった。肩にかなりの衝撃がきたが不思議と痛みは無かった。再度助走をつけて、渾身の力で体当たりをする。
「ぅおおおおー」
 ドアが派手な音を立てて開いた。武志は勢い余って部屋の中に転がり込む。
 隣の部屋から差し込む薄明かりの中で白い物体がうごめいていた。
「動くな」
 武志は立ち上がり叫んだ。
 知香が部屋に入ってきて電気を付ける。そこには床に寝かされた団長に絡みつく女が居た。
 団長は服がはだけられ太目の腹があらわになっている。そこに、抜けるように白い肌の全裸の女が覆いかぶさっている。長い手脚が団長の体に巻き付けられ、とても淫靡な情景だった。
 知香は躊躇することなく女に近づき、団長から引き離すと、うつ伏せに倒す。両手を背中に捻り上げ、脚で押さえて動きを封じる。女の側には無線機らしき物が転がっている。
 真理は団長に近寄り、生死を確かめる。
「団長。生きてます」
「武志、ここは任せて、副団長の所へ」
 知香が武志に言った。
 武志は責任者の手を取り、数部屋離れた副団長の部屋へ向かった。
「正体不明の女性一名発見。拘束完了」
 知香が東京へ連絡する声が聞こえる。
 救急車の手配が終わったのか、警備員が向かってくる。
 副団長の部屋の鍵を開けるが、ここもドアガードが掛かっていて、中に入ることができない。やはり、中は真っ暗で中を見ることはできない。
「副団長部屋も侵入できません。隣の部屋へ行きます」
 副団長の部屋は続き部屋では無いが、隣の部屋のバルコニーから飛び移ることができる。
 責任者に隣の部屋の鍵を開けさせると、武志は言った。
「他の部屋も調べてください」
 責任者を他の部屋に行かせて、武志は部屋の中に入る。ここにも人が一人倒れている。武志は生きていることだけ確認するとバルコニーへ出た。隣の部屋のバルコニーとは1メートルの距離。簡単に飛び移られる。
 武志は息を整えると一気に飛んだ。
 恐怖を感じるいとまもなく、武志は副団長の部屋のバルコニーに着地する。ガラス戸にはカーテンが掛けられ中の様子は分からない。中には武装した人間が居るかもしれないが、武志はそんな事を考える余裕は無かった。
 すぐさま装備の特殊警棒を出すと、ガラス戸の鍵付近を思い切り叩いた。特殊なガラスなのか一度でガラスが砕けない。武志は焦りながら何度もガラスを叩いた。ようやく手が差し込めるだけのスペースが開く。
「入ります」
 一言だけマイクへ向かって喋ると、手を入れ鍵を開ける。そして一気にガラス戸とカーテンを開ける。
 部屋には裸の副団長が倒れ、その横には全裸の女が一人立っていた。
 薄明かりの中に浮かぶ、その女の顔には見覚えが有った。一年前に上海で会った芳玲だ。
「久しぶり、武志」
 芳玲が日本語で言った。
「動くな。何をした」
「何もしていない」
 芳玲は両手を上げて、無抵抗の態度を示す。
 武志は警棒を構えながら、慎重に照明のスイッチへ近づき、明かりをつけた。
 蛍光灯に照らされる芳玲の裸はとても美しかった。一年前はまだ少女の雰囲気を漂わせていたが、今は大人の女へと脱皮しつつある。美少女の名残をかすかに残しながら、必要最低限の肉が付き、格段に色っぽくなっている。
 手脚は細いのに胸は豊かに膨らみ、腰は引き締まり、お尻は張り出している。こんな状況でなければ、武志は喜んで相手をするところだ。
「服を着て」
 芳玲は素直に武志の指示に従う。傍らにあった下着を手に取り身に付けていく。その姿はとてもいやらしく、美しかった。武志は肉棒が急激に硬くなっていくのを感じた。
 芳玲は続けてホテル従業員の制服を着た。その服で潜入したのだ。
 武志が副団長の体を調べると、ただ眠っているだけのようで、規則正しい脈と呼吸がある。ここでも、床に無線機らしき物が転がっている。
「副団長発見、生きてます。意識不明。室内に女性が一人居ます。一年前に会った芳玲です」
 とりあえず知香と東京へ連絡する。
 これからどうするのか指示を受ける必要がある。武志は知香の所へ戻ることにした。
「床に寝て、手を背中に回して、親指を揃えろ」
 武志は芳玲へ命令した。芳玲は日本語が分かるのか、武志の命令に従う。
 武志はジャケットから結束バンドを取り出し、手首と親指を縛る。それから立たせて、前を歩かせ、団長の部屋へ向かった。
 歩いている最中にも知香と東京の会話が続々と聞こえてくる。
 団長の部屋へ戻ると、中ではボーっとした表情の団長が床に座り込んでいた。上からガウンを掛けられている。
 知香は携帯電話で話し込み、真理は団長の脈を計ったり、質問をしている。
 敵と思われる裸の女は服を着せられ、後ろ手に縛られ、ベッドに座らされていた。
 武志は芳玲を知香に渡し、再度詳しく報告する。
「武志です。副団長も裸にされてました。脈拍・呼吸に異常は有りませんが、意識はありません。一緒に居た女は確保しました。昨年上海で相手をした芳玲です。副団長に何をしたかは不明です。それと、無線機らしき物が落ちていました」
「ありがとう。救援が着くまで、知香の指示に従って」
 頼子の声が聞こえて、武志は極度の緊張と興奮が少しだけ、治まった気がする。
 それから、武志は知香の指示で副団長の部屋に戻った。意識の無い副団長を抱えると、団長の部屋へ運ぶ。かなり重くて足がふらついてしまう。70キロか80キロはありそうだ。日本の官僚もアメリカみたいにダイエットしろよと毒づいてしまう。
 副団長を運び終えると、活を入れて目覚めさせる。団長と同じようにボーっとしているので、ガウンを掛け裸身を隠す。
 そこへホテルの責任者が戻ってくる。
「全部の部屋を確認しましたが、どの部屋でも人が倒れています。全員生きていますが、意識は有りません」
 その言葉を知香が頼子へ伝える。
「大規模同時攻撃ね」
 知香が悔しそうに言う。
 武志は先ほどまでは無我夢中で行動していたが、少し落ち着くと再び夢の中のようで実感がなくなった。目の前に意識が定かでは無い高級官僚が二人いて、横には捕らえた美女二人が居る。想像もしていなかった事態だ。
 ついこの前まで卒論提出に掛かりきりだった生活とは別世界の状況だ。
 そうこうする内に、現地警察が到着し、救急車が到着し、アメリカ大使館関係者が到着した。倒れていた人達は運び出され、真理は団長に付き添っていった。すぐにホテルは警官により閉鎖された。ホテル内は騒然としている。
 知香と武志はかなり遅れてやってきた外務省現地職員と交代した。それから、知香と武志と捕らえた女二人はアメリカの外交官車両で総領事館へ運ばれた。
 総領事館もホテルと同時に襲撃されていたが、帰宅していたために難を逃れた職員により復旧されていた。建物内は照明が付けられ、門の外はインドネシア警察により警護されている。
 武志達はとりあえず、捕虜二人を別々の部屋に閉じ込めた。自決防止のため、ボディチェックは済ませている。そして、ようやく一息ついた。最初に頼子の連絡を受けてから、三時間少々たっていた。目の回るような時間だった。すでに外は夜が明けかかっている。
「これからどうなるんですか」
 武志は知香に聞いてみた。知香としても聞かれて困るかもしれないが、聞かずに居られなかった。大学生の武志はこれからどうすれば良いのか皆目見当がつかなかった。
「部長の考えでは、あの二人の中国人は団長と副団長になんらかの暗示を掛けたと思われるの。一種の催眠術みたいなものね。殺そうと思えば、殺せたのにそうしなかったということは、他に考えられない。それに団長、副団長以外の誰に中国側が接触したか分からない。あの混乱の中で、無事逃げた敵がいるかもしれない。だから私達は今からあの二人を尋問して、色々聞き出さないといけない。今はまだ、他の要員は意識がはっきりしないけど、その内に現場へ復帰するはずだし、夕方には日本から増援が着くから、タイムリミットは後六時間というところね」
「聞き出せなかったら、どうなるんですか。
「この会議は延期され、あの二人は闇へと消えていくわね」
「それって……」
「プロによる尋問ね。どんなことされるのかは怖いから考えたくないけど。その後どうなるかは分からない。処分されるか、何らかの取引に使われるか。だから本職の人達が到着する前に私達で話を聞こうってことよ。武志君の一番得意なことでしょ」
 武志は虚構の世界のような話をされ、少しだけ寒気がした。
「そんなことないですよ」
「謙遜しなくても良いわよ。連絡が途絶えてから団長は十五分、副団長は二十分、あの女達に何かを吹き込まれてる。そんな短時間では複雑なことは埋め込めてないはずよ。だから、彼女達が何をしたか聞き出せば、とりあえずおしまい。分かった?」
「とりあえず分かりましたけど」
「彼女達を悲惨な目に合わせたくなかったら、がんばって聞き出してね。時間は無いわよ」
 そうこうしている内にも、次々と状況を知らせる連絡が入ってくる。
 襲われたのは、日本代表一行のホテルの部屋、諜報部隊の現地基地、総領事館、大使公邸。今の所、団長、副団長以外で敵側要員が接触した形跡は無かった。
 しばらくして真理も武志達と合流した。
「さて、東京から捕虜尋問の許可が出たわよ。この会議のためにも、私達の部隊のポイントを稼ぐためにも、ちゃっちゃとゲロさせるのよ」
 まだ、興奮が冷めないのか知香が異様に張り切っている。武志がこんなにハイになっている知香を見るのは初めてだった。
 知香と真理の二人掛りで、団長の所に居た女を調べて、武志は過去に一度相手をしているからと芳玲を調べることになった。
 四時間ちょっと寝たところで起されたわけだが、武志は少しも眠くなかった。
 今から芳玲を尋問するが、簡単に喋るわけが無い。おそらく対尋問の訓練を受けているはずだ。それに対して、武志は尋問なんかやったことが無い。そうなると、体に聞くしかない。前回相手をしたときは、ほぼ引き分けだった。今回は前回以上に責任重大だ。負けるわけには行かない。
 武志は自分に気合を入れた。

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